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宇都宮地方裁判所 平成3年(行ウ)2号 判決 1997年5月28日

原告

佐藤壽男

原告訴訟代理人弁護士

佐藤貞夫

平野浩視

阪口勉

被告

小川町町長

渡辺良治

外二名

被告ら訴訟代理人弁護士

大木市郎治

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告小川町町長(以下「被告町長」という。)及び被告小川町収入役(以下「被告収入役」という。)が、平成元年度小川町一般会計歳入歳出決算書の財産に関する調書中、土地開発基金につき、決算年度中増減高を三八一〇万〇五二四円減少、決算年度末現在高を三〇四八万四三七五円と各修正しないこと及び地方自治法施行規則一六条の二に規定する正規の様式による基金の区分をしないことが違法であることを確認する。

2  被告水野正義(以下「被告水野」という。)は、小川町に対し、六七五万二七六七円及びこれに対する平成三年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案の答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、普通地方公共団体である栃木県那須郡小川町の住民であり、被告水野は、本件(平成元年度)当時、同町長の地位にあった者である。

2  違法行為等

(一) 財産の管理を怠る事実

(1) 平成元年度小川町一般会計歳入歳出決算書の財産に関する調書中、土地開発基金の欄には、次のとおり記載されている。

前年度末現在高

六八五八万四八九九円

決算年度中増減高

六五六四万三九五七円減少

決算年度末残高二九四万〇九四二円

そして、右決算年度中増減高の内訳は、次のとおりである。

増加額 三三六一万一四七六円

うち 二九八六万八四三三円(一般会計より受入)

二三二万五〇〇〇円(二九三号バイパス用地保有整理分)

一四一万八〇四三円(基金運用利子)

減少額 九九二五万五四三三円

うち 二九八六万八四三三円(ふるさとの森公園用地代)

六九三八万七〇〇〇円(神田城趾公園用地代)

(2) しかしながら、右増加額のうち、「二九三号バイパス用地保有整理分」は、従前小川町がバイパス用地として取得していた農地を平成元年度中に処分したことに関するものであるが、この場合、土地開発基金中の現金が増加する一方、不動産が減少するものであるから、代金相当額を直ちに増加額に計上することは誤りである。

また、右減少額のうち、「ふるさとの森公園用地代」については、平成元年三月末日までに関係地権者と売買契約を締結し、売買代金の支払もほぼ完了したのであり、昭和六三年度の土地開発基金の取崩しによる用地取得については、平成元年度の減少額に計上することはできない。

したがって、正しくは、決算年度中増減高が三八一〇万〇五二四円減少、決算年度末現在高が三〇四八万四三七五円と記載されるべきであり、少なくとも二七五四万三四三三円が使途不明となっている。

(3) また、右決算書は、地方自治法施行規則一六条の二の規定による正規の様式を用いておらず、不動産、動産、有価証券、現金等の基金の区分が不明であり、また、土地開発基金による土地の取得は一般会計で買取り措置が採られない限り公有財産とはならず、土地開発基金の土地として計上すべきであるのにこれをなしていないなどの問題がある。

(4) 被告町長及び被告収入役は、小川町の「財産」である土地開発基金に右のような使途不明等の状態があるのにもかかわらず、これを是正、修正する権限を行使せず、違法に財産の管理を怠るものである。

(二) 公金の支出

(1) 被告水野は、小川町町長として、平成元年三月初旬から末日までの間に、田代和義外九名を売主、小川町を買主とし、ふるさとの森整備事業用地取得のため、栃木県那須郡小川町大字小川字梅曽三七九六番外二一筆の土地(総面積三万八六一〇平方メートル)を代金合計二九八六万八四三三円(反当たり七七万三五九三円)で買い受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同年四月三日までに右代金相当額の公金を支出した(以下「本件支出」という。)。

(2) 小川町は、本件売買契約につき、当初、売主である地権者一〇名のうち不動産譲渡所得税が課税される見込みのある七名に対し、免税措置を採る旨約束したが、工事発注時期との関係等から必要な手続を事前に履践することが困難となり、結局、免税措置を採ることを断念した。そこで、本来、反当たり六〇万円であった代金に、売主に課税されるべき右税額相当分を上乗せすることとして、反当たりの売買代金を前記のとおり七七万三五九三円としたものである。

(3) 地方公共団体の長は、執行機関として、その事務を誠実に管理し、執行する義務を負っているところ、右税額相当分を代金に上乗せして支払ったことは、行政手続の適法性及び厳格性を欠き、違法な公金の支出というべきである。右支出によって小川町が被った損害は、反当たりの差額一七万三五九三円に約38.9反を乗じた六七五万二七六七円を下らない。

3  監査請求

(一) 原告は、小川町監査委員に対し、平成三年二月二五日、土地開発基金に前記のような使途不明が存すること等を理由とする住民監査請求をなし、さらに、同年三月一日、本件支出が前記のとおり違法、不当であること等を理由とする住民監査請求をなした。

(二) これに対し、同監査委員は、同年四月二六日、土地開発基金に使途不明は存しないし、本件売買代金の支払についても町議会で議決になっている事項であるとして、本件監査請求にはいずれも理由がない旨の結果を原告に通知した。

4  よって、原告は、被告らに対し、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項に基づく住民訴訟として、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  被告水野の本案前の主張

本件監査請求は法二四二条二項本文に定める一年の監査請求期間を徒過してなされた不適法なものであるから、被告水野に対する訴えは、適法な監査請求の前置を欠く。同項ただし書は、右機関を徒過した場合にも「正当な理由」があるときは住民監査請求をなし得る旨規定するが、本件支出は、すべて関係諸法令の定める手続に従って、平成元年二月二三日、その代金額をも含め町議会の議決をも経て、適法になされた予算内支出であって、秘密裡になされたものではないから、およそ「正当な理由」を問題とする余地はない。

三  本案前の主張に対する原告の反論

本件支出については、監査委員や議会の調査会、百条委員会という法的機関にさえ資料が提出されず調査ができない状況にあった。したがって、本件支出が秘密裡になされ、一般住民が相当の注意力をもって調査しても知ることが困難であったことは明らかであり、かつ、原告は、本件支出をめぐる疑惑が判明した後速やかに本件監査請求をしているのであるから、本件監査請求が期間を徒過したことについては「正当な理由」が存するというべきである。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2(一)  同2(一)のうち、(1)及び(3)は認める。(2)及び(4)は争う。

(二)  同2(二)のうち、(1)及び(2)は認める。(3)は争う。

3  同3は認める。

五  抗弁

1  土地開発基金の管理に違法は存しない。

(一) 「二九三号バイパス用地保有整理分」については、昭和五六年一一月三〇日に小川町が二三二万五〇〇〇円で取得したものを、平成元年九月三〇日に合意解約し、同日右金員が返還されたので、平成元年度の収入として土地開発基金に入れたものであって、正当な経理処理である。

(二) また、「ふるさとの森公園用地代」については、平成元年三月末日までに地権者一〇名と売買契約を締結し、うち八名にかかる代金支払は同日までになされたが、残り二名にかかる代金支払は同年四月三日になってなされたため、二年度にまたがる代金支払を一括して平成元年度の支出として処理したものである。したがって、使途不明金は存在しない。

(三) 法施行規則一六条の二の規定は訓示規定であって、これに形式的に違反したからといって土地開発基金の管理に違法があるとはいえない。

2  本件支出は適法である。

ふるさとの森公園用地の売買については、当初反当たり六〇万円での買取が予定されていたが、右金額は確定されたものではなく、あくまで予定価額であった。被告水野は、地権者のうち不動産譲渡所得税が課税される見込みの者に対し免税措置を採ることを約束していたが、これが不可能となったとの事情を勘案し、結局、反当たり七七万三五九三円の代金で買い取ることとし、町議会の議決を経て支出したものであって、右金額自体、任意の売買として正常な価格であるから、本件支出は適法である。

六  抗弁に対する認否

いずれも争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  被告町長及び被告収入役に対する訴えについて

原告は、法二三三条一項、四項(平成三年法律二四号による改正後は五項)に基づく法施行令一六六条二項により決算に添付するものとして定められている財産に関する調書のうちの土地開発基金についての調書に誤りがあり、また、右調書の記載が正規の区分に従っていないのに、被告町長及び被告収入役がそれらを修正しないことが法二四二条一項にいう違法に財産の管理を怠る事実に該当する旨主張するので、この点について検討する。

決算に添付する財産に関する調書の作成は、出納長又は収入役の行う事務とされている(法二三三条一項)が、出納長又は収入役は、そのつかさどる会計事務の一環として財産の記録管理を行うものであり(法一七〇条一項、二項五号)、この記録管理の結果を決算報告用に取りまとめたものが財産に関する調書である。このように記録管理の結果を取りまとめることが財産の管理に当たるかについてみるのに、法二四二条一項にいう「管理」とは、当該財産の財産的価値そのものの維持、保全又は実現を直接の目的とする運用を指すものと解されるところ、管理者が実体的管理に付帯してこれを帳簿に記録することは、実体的な管理を十全にするものであるから、財産の管理に含まれるというべきであるが、決算の添付書類としての財産に関する調書を作成することは、法一七〇条二項五号の記録管理それ自体ではなく、財産の記録に基づき、別途報告用の文書を作成することに過ぎず、財産の維持、保全又は実現という観点に照らすと、二次的、間接的な運用というべきであるから、法二四二条一項にいう財産の管理には当たらないと解するのが相当である。

したがって、被告町長及び被告収入役に対する訴えは、いずれも住民訴訟の類型に該当しない不適法な訴えである。

二  被告水野に対する訴えについて

同被告の本案前の主張について検討する。

(一) 法二四二条二項は、監査請求は、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときはこれをすることができないとしつつ、正当な理由があれば右期間経過後であっても監査請求をなし得るものと規定する。これは、監査請求の対象となる行為の法的効果を早期に確定させ、地方公共団体の行財政の安定を図るとともに(右要請に照らし、監査請求期間の始期を個々の住民の知、不知にかからしめることはできない。)、そのような趣旨を貫くことが住民参政の観点から相当でない場合の例外を定めたものである。このような観点からすれば、当該行為が秘密裡になされたために、住民が相当な注意力をもって調査しても客観的にみて当該行為の存在を知ることができない場合にまで、監査請求の期間制限を厳格に貫くことは相当でないというべきであり、かような場合においては、住民が当該行為を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をすれば、「正当な理由」があったものとすべきである。

(二)  そこで、本件について検討するのに、当事者間に争いのない事実に証拠(甲一ないし三、六ないし一〇、一一ないし一三の各1ないし3、一六、一七、一九、二六、二七、乙一、二、四、八、一六ないし二八、三一、三二、証人若色正一、同田代博、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次のとおりの事実が認められる。

(1)  小川町は、昭和六一年後半ころから、町の北部に位置する那須官遺跡付近を公園として整備し、町民のふれあいの場にするとともに観光拠点とすることを目的としたふるさとの森整備事業(平成元年度からの三か年の継続事業。以下「本件事業」という。)を企画した(当初、やすらぎの森と称していたが、その後事業規模を拡大するとともに改称した。)。また、本件公園整備の一環として、栃木県立なす風土記の丘資料館の誘致、小川町ふるさと館(モデル木造施設建設事業として建設する多目的研修施設)の建設等の関連事業があわせて企画された。本件事業の企画は昭和六三年三月までに完了し、同年一二月二七日の議会全員協議会(町議会前に開催される事前協議的な性格のもの)で計画の大要につき報告がなされた。同年四月下旬ころから地権者との間で用地買収の交渉が開始されたが、右交渉の当初、小川町は、不動産譲渡所得税が課税される見込みの地権者らに対し、税の優遇措置を採ることを約束していた。

(2)  しかるに、本件事業及び関連事業の進捗状況からみて、税の優遇措置に係る必要手続(土地収用法の事業認定申請の手続等)を履践していたのでは、半額以上を国と県の補助金による平成元年度の単年度事業であるモデル木材施設建設事業を当該年度内に完了させることが困難となる上、公園用地取得を第三者によって妨害される危惧が抱かれたため、小川町は、税の優遇措置を採ることを断念し、代わりに売買代金金額を定めるに当たって税額相当分の上乗せを考慮することとした。

(3)  平成元年二月九日の議会全員協議会において、右のような経緯を含めた説明がなされ、同月二三日に開催された平成元年第三回小川町議会臨時会において、本件公園用地の取得に係る議案が提出された。被告水野及び担当の企画課長は、右提案理由の説明及び税の優遇措置に関する質疑の回答として、小川町が地権者一〇名から那須郡小川町大字小川字梅曽三七九六番外二一筆の土地(合計三万八六一〇平方メートル)を代金合計二九八六万八四三三円(反当たり七七万三五九三円)で買い受けること、不動産譲渡所得税の控除額は一〇〇万円であり、代金額が一〇〇万円以上となる地権者七名に対しては同税が課税される見込みであること、町としては、最終的に反当たり六〇万円が地権者の手元に入るという計算方法で買収する方針であること等を説明した。右議案は、審議の結果、全会一致で可決された。

(4)  小川町は、右議決に基づき、同年三月末日までに地権者全員と売買契約を締結し、同年四月三日までに代金合計二九八六万八四三三円の支払をなした(土地開発基金の普通預金に残金が不足していたため、一般会計の歳計現金を一時流用して支払い、同月四日に同額を土地開発基金から入金する方法を採った。)。

なお、本件公園用地の取得費用は、平成元年度当初予算において、総務費(款)、総務管理費(項)、財産管理費(目)、公有財産購入費(節)として二〇〇〇万円が計上されたが、金額が不足したので、一括して土地開発基金から取り崩し、後に一般会計で買取り措置を講ずることとし、改めて平成元年六月の補正予算(第一号)において、財産管理費(目)、(土地開発基金への)繰出金(節)として計上された。その後、同年九月の補正予算(第三号)において、より適切な処理のため、財政管理費(目)、繰出金(節)への組替えを行ったため、平成元年度一般会計歳入歳出決算書には、総務費(款)、総務管理費(項)、財政管理費(目)、繰出金(節)として、二九八六万八四三三円が計上された。

(5)  平成二年九月ころ、平成元年度の決算書及び関係書類を一部の町議会議員が調査したことをきっかけとして、「神田城跡公園用地の提供者は税の優遇措置を受けられたのに、ふるさとの森公園の提供者が右優遇措置を受けられないのは、裏で何かあったのではないか。」との風評が町民の間に広まった。原告は、平成二年末ないし平成三年初めころ、これを知ったのをきっかけに、町議会議員を通じて右書類等を入手、検討した結果、土地開発基金の運用及び本件支出について疑問を持つに至り、同年二月二五日には土地開発基金の運用に係る監査請求を、同年三月一日には本件支出に係る監査請求を、それぞれ小川町監査委員に対してなした。

(三)  本件監査請求は、本件支出がなされてから約一年一一か月を経過してなされたものであり、法二四二条二項本文の定める監査請求期間を徒過していることが明らかである。

(四)  そこで、右期間徒過につき、同項ただし書にいう「正当な理由」が存するかについて検討するに、前記認定事実によれば、本件支出は、関係諸法令の定めるところに従ってなされた支出であって、そもそも秘密裡になされたものでないことは明らかであるし、本件売買契約の重要な内容等についてもその契約前に議会の審議過程等を通じて明らかにされていたのであるから、地方公共団体の行財政に関心を有する住民が、町議会議事録、補正予算、決算書及びその添付書類等を入手又は閲覧するなど通常の調査活動をすれば、容易に本件支出の存在及びその違法又は不当性の有無を知り得たと認められ、しかも右調査を端緒として監査請求をなすまでにさほどの期間を要しないものといわざるを得ない(現に、原告は、本件公園用地をめぐる風評を端緒として調査活動を行った上、約二か月後に本件監査請求をなしている。)。そうすると、本件監査請求を一年の監査請求期間内に行うことは、客観的にみて十分可能であったというべきである。

(五)  以上の次第であるから、本件監査請求が、期間を徒過したことについて「正当な理由」があるということはできず、結局、被告水野に対する訴えは、適法な監査請求を経ていないことになるから、不適法な訴えといわざるを得ない(なお、小川町監査委員が本件監査請求を適法なものとして受理し、実体的判断を加えたとしても、そのことによって、本件監査請求及びこれを前提とする本件訴えが適法となるものではない。)。

三  結論

以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、本件訴えはいずれも不適法であるから却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官島内乗統 裁判官石田浩二 裁判官角井俊文)

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